新規事業とデザイン思考

新規事業開発におけるデザイン思考の価値証明:成果を定量的に測るための実践ガイド

Tags: デザイン思考, 新規事業開発, 成果測定, プロダクト開発, 価値証明, KPI

はじめに

新規事業開発において、不確実性の高い状況下で革新的なアイデアを生み出し、ユーザー中心のアプローチで検証を進める上で、デザイン思考は有効なフレームワークとして広く認識されています。しかし、そのプロセスや成果が定性的な側面に重点を置く傾向があるため、投資判断や組織内でのリソース配分といった場面で、その価値を客観的に証明することに課題を感じる開発チームやマネージャーは少なくありません。

デザイン思考の実践によって得られた知見や成果を、どのようにしてデータに基づいた定量的な情報として捉え、事業の推進や改善、そして組織文化への定着につなげていくのかは、多くの新規事業開発における重要なテーマの一つです。

この記事では、新規事業開発におけるデザイン思考の実践において、その成果を定量的に評価する意義を明らかにし、各フェーズで適用可能な具体的な指標や評価の進め方について、実践的な視点から解説します。

デザイン思考の成果を定量化する意義

デザイン思考は、ユーザーへの深い共感に基づき、課題を定義し、多様なアイデア創出とプロトタイピングによる迅速な検証を通じて、革新的なソリューションを追求するプロセスです。このプロセスは、発見や学習といった非線形的な側面を含み、必ずしも明確な定量的な成果を直接的に示しやすいものではありません。しかし、デザイン思考の成果を定量的に評価することには、以下のような重要な意義があります。

デザイン思考の各フェーズにおける定量評価の視点

デザイン思考のプロセスは一般的に「共感(Empathize)」「定義(Define)」「アイデア(Ideate)」「プロトタイプ(Prototype)」「テスト(Test)」の5つのフェーズで構成されます。各フェーズでは、異なる目的と活動が行われますが、それぞれの段階で定量的に捉えるべき側面が存在します。

共感(Empathize)フェーズ

目的:ユーザーへの深い共感を通じて、隠れたニーズや課題を発見する。 活動例:ユーザーインタビュー、行動観察、エスノグラフィ調査。

このフェーズはユーザー理解という定性的な側面が強いですが、活動量や範囲を定量化できます。

定義(Define)フェーズ

目的:共感フェーズで得られた情報から、解決すべき真の課題を明確に定義する。 活動例:ペルソナ作成、カスタマージャーニーマップ作成、問題提起(Point Of View)の定義。

課題の明確化という定性的な成果を、定義された要素の数などで補助的に捉えます。

アイデア(Ideate)フェーズ

目的:定義された課題に対し、多様な解決策をブレインストーミングする。 活動例:ブレインストーミング、アイデアソン、マインドマップ作成。

アイデアの量や多様性、後の評価プロセスなどを定量化できます。

プロトタイプ(Prototype)フェーズ

目的:アイデアを具現化し、ユーザーが体験できる形にする。 活動例:スケッチ、モックアップ、ワイヤーフレーム、MVP(Minimum Viable Product)開発。

物理的な成果物や、それに伴う活動量を定量化します。

テスト(Test)フェーズ

目的:作成したプロトタイプをユーザーに試してもらい、フィードバックを得て学習する。 活動例:ユーザビリティテスト、A/Bテスト、コンセプトテスト。

ユーザーの反応や行動を直接的・間接的に定量的に捉えることが可能です。このフェーズは、新規事業の成功に直結する重要な指標が多く得られる段階です。

新規事業開発における具体的な定量評価指標

デザイン思考の各フェーズでの活動量や直接的なアウトプットに加え、新規事業の初期段階から成長を見据えたよりビジネスに近い指標も参照することで、デザイン思考の実践が事業の成功にどう貢献しているのかを包括的に評価できます。

新規事業開発のフェーズ(アイデア検証、PMF探索、スケールなど)によって重視すべき指標は異なりますが、デザイン思考の文脈で特に価値証明に役立つ可能性のある指標には以下のようなものがあります。

学習・検証に関する指標

ユーザー行動・プロダクトに関する指標

事業性・ビジネスに関する初期指標

定量評価の実践的な進め方と注意点

デザイン思考の成果を定量的に評価し、価値証明につなげるためには、以下のステップと注意点を考慮する必要があります。

  1. 評価目的の明確化: 何のために定量評価を行うのか(例: 投資継続の判断、次の開発優先順位決定、組織への啓蒙)を明確にします。目的によって注力すべき指標は異なります。
  2. 評価指標の選定: 目的、新規事業の現在のフェーズ、チームがアクセス可能なデータソースを考慮して、計測可能かつ示唆に富む指標を選定します。全ての指標を追う必要はありません。重要な数個に絞り込むことが現実的です。
  3. データ収集方法の設計: 選定した指標をどのように計測するか、具体的な方法を計画します。プロトタイピングツール、ウェブ解析ツール、アプリ内ログ、アンケートシステムなどを活用します。
  4. ベースラインの設定と目標値の設定: 可能であれば、現在の状態を示すベースラインを設定し、目指すべき目標値(KPI: Key Performance Indicatorとして定義する場合など)を設定します。
  5. 定期的な計測と分析: 設定した方法でデータを収集し、定期的に分析を行います。目標値との差異を確認し、その要因を探ります。
  6. 評価結果の活用: 分析結果を、チーム内での振り返り、次のイテレーションの計画、関係者への報告、意思決定の根拠として活用します。

注意点

結論

新規事業開発におけるデザイン思考の成果を定量的に評価することは、不確実性の高い環境下での意思決定の精度を高め、組織内での価値証明を強化し、継続的な改善サイクルを構築する上で非常に有効なアプローチです。

デザイン思考の各フェーズにおける活動量やアウトプットの定量化から始まり、プロトタイプやMVPでのユーザー行動、そして事業の成長に繋がる初期ビジネス指標まで、様々なレベルで計測可能な指標が存在します。これらの指標を適切に選定し、定性的な洞察と組み合わせて活用することで、デザイン思考はより堅牢で説得力のある新規事業開発手法となります。

定量評価は、デザイン思考のプロセスを完了するためのチェックリストではなく、得られた学びを最大化し、事業を成功に導くための羅針盤として機能します。本記事で紹介した指標や進め方を参考に、皆様の新規事業開発におけるデザイン思考の実践において、その価値をデータに基づいて明確に示し、事業成長への貢献をさらに加速させていくことを期待いたします。