新規事業開発におけるデザイン思考：ユーザーインタビューを深化させ真のニーズを捉える方法
はじめに
新規事業開発やプロダクト開発において、ユーザー理解は成功の礎となります。デザイン思考における共感（Empathize）フェーズの中核をなすユーザーインタビューは、この理解を深めるための強力な手法です。しかし、表層的なニーズや要望を聞き出すだけでは、潜在的な課題や真の動機を見落とす可能性があります。本記事では、ユーザーインタビューをさらに深化させ、表面的な情報を超えた隠れたインサイトや真のニーズを捉えるための具体的な方法論と実践上のポイントについて詳細に解説します。プロダクト開発部のマネージャーや新規事業担当者の方々が、より効果的なユーザー理解を通じて、ユーザー中心のアプローチを組織に浸透させ、革新的なアイデア創出やプロダクト開発につなげるための示唆を提供します。
ユーザーインタビュー深化の重要性
従来の市場調査やアンケート調査が「何を求めているか」や「どの程度購入したいか」といった定量的な情報収集に主眼を置くのに対し、デザイン思考におけるユーザーインタビューは「なぜそうなのか」「どのような文脈でその行動をとるのか」といったユーザーの深層心理や行動の背景、価値観を理解することを目的とします。しかし、ユーザー自身も自身の真のニーズや潜在的な課題を言語化できていない場合が多く存在します。表層的なインタビューに留まると、ユーザーの「言われたこと」に基づいてソリューションを開発してしまうリスクがあり、結果としてユーザーの期待に応えられないプロダクトやサービスが生まれる可能性があります。
ユーザーインタビューを深化させることは、以下の点において極めて重要です。
- 隠れたインサイトの発見: ユーザー自身も気づいていないような、潜在的な課題や無意識の行動パターン、価値観などを発見する機会が増加します。
- 真のニーズの特定: 表面的な要望の裏にある、根本的な動機や満たされていないニーズを深く理解することができます。
- コンテクストの把握: ユーザーの行動や思考が、どのような環境や状況、感情の文脈で行われているのかを詳細に把握できます。
- 共感の質の向上: ユーザーの立場に立ち、その感情や思考を追体験する共感の質が高まり、よりユーザー中心のブレインストーミングやアイデア創出が可能になります。
- チーム間の共通理解促進: チームメンバーが共通のユーザー理解を持つことで、開発プロセス全体における意思決定の精度が向上し、チーム間の連携が円滑になります。
ユーザーインタビューを深化させるための具体的なステップと手法
ユーザーインタビューを深化させるためには、単に質問リストをこなすだけでなく、準備、実施、分析の各フェーズにおいて意識すべき具体的なアプローチが存在します。
1. 準備段階
深化されたインタビューは、周到な準備から始まります。
- 仮説の明確化: 何を明らかにしたいのか、どのような仮説検証を行いたいのかを具体的に定義します。仮説が明確であるほど、質問の焦点が定まり、深掘りすべきポイントが見えやすくなります。
- ペルソナやターゲットユーザーの解像度向上: どのようなユーザーのどのような側面について深く理解したいのかを具体的に設定します。多様な視点を得るために、典型的なユーザーだけでなく、ヘビーユーザー、ライトユーザー、非ユーザーなど、異なる属性のユーザーを含めることを検討します。
- インタビュー対象者の選定基準: 仮説やペルソナに基づき、インタビューに協力いただく対象者の具体的な選定基準を定めます。単なるデモグラフィック情報だけでなく、特定の行動や経験を持つ人を意識的に選定します。
- インタビューガイドの設計：深掘りを促す質問構成
- オープニング: 信頼関係（ラポール）を築き、リラックスした雰囲気を作るための質問から始めます。
- 過去の経験に関する質問: 特定のプロダクトやサービスの使用経験、関連する過去の出来事について具体的に語ってもらいます。「〜した時、具体的にどう感じましたか？」「その時、他にどんな選択肢を考えましたか？」など、ストーリーテリングを促す質問を入れます。
- 行動に関する質問: 実際の行動について尋ねます。「〜というタスクを完了するために、普段どのようなステップを踏んでいますか？」「最後に〜したのはいつですか？その時は何をしていましたか？」など、抽象的な意見ではなく具体的な行動に焦点を当てます。
- 感情・動機に関する質問: 行動の裏にある感情や動機を掘り下げます。「〜と感じるのはなぜですか？」「その行動をとることで、あなたにとってどのような意味がありますか？」など、「なぜ」を繰り返し尋ねることで深層に迫ります。ただし、「なぜ」を連発すると詰問のように聞こえるため、「〜の背景には何がありましたか？」「具体的にどのようなお気持ちでしたか？」など、表現を工夫します。
- 未来に関する質問: 将来の行動や期待について尋ねますが、具体的な現在の課題や過去の経験に基づいた質問の方が、現実的なインサイトにつながりやすい傾向があります。
- 非言語情報を引き出す質問: 特定のジェスチャーや表情を見た際に、「今、何か思いつきましたか？」「その時、少し困ったような表情をされましたが、何が頭をよぎりましたか？」など、観察した事実に基づいて質問を投げかけます。
2. 実施段階
インタビュー実施中のスキルが、深掘りの成否を左右します。
- ラポール形成と信頼関係の構築: インタビュアー自身の自己紹介、インタビューの目的説明、インタビュー時間の目安、データの取り扱い方法などを明確に伝え、相手が安心して話せる環境を作ります。形式的な説明だけでなく、共感的で温かい態度が重要です。
- 傾聴と共感の技術: ユーザーの話に耳を傾け、言葉の裏にある感情や意図を汲み取ろうとします。うなずき、相槌、アイコンタクト、ユーザーの言葉を繰り返す（リフレクティング）などのテクニックを活用します。
- 沈黙を恐れない: ユーザーが考えている時間や感情を整理している時間としての沈黙を大切にします。安易に次の質問に進まず、ユーザーが内省し、より深い思考を言語化するのを待ちます。
- 非言語情報の観察: 表情、声のトーン、ジェスチャー、姿勢など、言葉以外の情報からユーザーの感情や本音を読み取ろうとします。観察した非言語情報は、深掘りする際の重要な手がかりとなります。
- 臨機応変な質問: 事前に準備した質問リストはあくまでガイドとして活用し、ユーザーの話の流れや反応に応じて、質問の順序を変えたり、新たな質問を投げかけたりします。特に、予期せぬ面白い発言や困った様子などが見られた場合は、そこを起点に深く掘り下げます。
- 「5 Whys」などのテクニック活用: 特定の事象や意見に対して「なぜそう思うのか？」を繰り返し問いかけることで、原因や動機を深掘りします。ただし、攻撃的な印象を与えないよう、丁寧な言葉遣いと共感的な態度を保つことが重要です。
3. 分析段階
得られた情報の分析こそが、インサイト発見の鍵となります。
- 定性データの構造化: 録音やメモ、動画などのデータを整理し、文字起こしを行います。その後、ユーザーの発言や行動、感情などをカテゴリやテーマごとに分類します。アフィニティダイアグラム（KJ法）はこの段階で有効な手法です。
- パターンとテーマの抽出: 分類されたデータの中から、複数のユーザーに共通するパターン、繰り返し現れるテーマ、矛盾する情報などを抽出します。
- インサイトの定義: 抽出されたパターンやテーマに基づき、ユーザーの隠れたニーズ、満たされていない欲求、抱えている課題、無意識の行動原理などを言語化します。「ユーザーはXの状況でYという行動をとりがちだが、その背景にはZという満たされていないニーズがある」のように、観察された事実、ユーザーの行動、そしてそこから推測されるインサイトをセットで記述すると理解が進みます。
- 共感マップやカスタマージャーニーマップの作成: 分析結果を可視化することで、チーム全体のユーザー理解を深めます。共感マップはユーザーの「見ていること」「聞いていること」「考えていること」「感じていること」「言っていること」「やっていること」、そして「ペイン（悩み）」と「ゲイン（得るもの）」を整理します。カスタマージャーニーマップは、ユーザーが特定の目標を達成するまでの一連のプロセスにおける行動、思考、感情を時系列で可視化します。これにより、特定のタッチポイントにおけるユーザーの課題や機会を発見できます。
- バイアスの排除と客観性の維持: インタビュアー自身の先入観や仮説に引っ張られないよう注意が必要です。得られたデータを客観的に分析し、複数のメンバーで議論することで、バイアスを低減させることができます。
複雑な課題への応用とチーム連携
デザイン思考は、単一のユーザーグループや明確な課題だけでなく、多様なステークホルダーが存在する複雑な課題や、ユーザー自身が問題を認識していない潜在的なニーズの探索にも適用されます。
- 複数のペルソナへの対応: 異なるニーズや行動パターンを持つ複数のペルソナに対して、それぞれに最適化されたインタビュー設計と分析を行います。ペルソナ間の関係性や相互作用も考慮に入れることで、システム全体としてのユーザー体験を理解します。
- 潜在的ニーズの特定: ユーザーが不満を表明していないが、より良い解決策が存在し得る状況を探ります。インタビューでは、「もし〜だったらどうしますか？」「〜することについて、どう感じますか？」といった仮説に基づいた質問や、ユーザーの日常の行動を観察するエスノグラフィなどの手法と組み合わせることで、潜在的なニーズのヒントを得られます。
- チームでのインタビュー実施と分析: インタビューは可能な限りチームで実施することが推奨されます。一人がインタビュアー、もう一人がメモや非言語情報の観察を担当するなど役割分担を行います。インタビュー後のデブリーフィング（振り返り）を通じて、各自が観察したことや感じたことを共有し、多角的な視点からインサイトを導き出します。アフィニティダイアグラムや共感マップ作成もチームで共同で行うことで、ユーザー理解がチーム全体に浸透します。
- 組織文化への浸透: インタビューで得られた生々しいユーザーの声やインサイトを、レポートだけでなく、動画や音声クリップとして共有することで、組織全体にユーザー中心の意識を醸成します。定期的なユーザーインタビュー実施と、そこから得られた学びを共有する場を設けることが、組織文化として根付かせるためには重要です。
まとめ
新規事業開発におけるデザイン思考を実践する上で、ユーザーインタビューは表面的な情報収集にとどまらず、ユーザーの深層に迫るための重要な手法です。本記事で解説した準備、実施、分析の各ステップにおける具体的なアプローチを実践することで、隠れたインサイトや真のニーズをより高い精度で捉えることが可能となります。
深掘りされたユーザー理解は、単に良いアイデアを生み出すだけでなく、開発プロセス全体を通じてユーザーの視点を維持し、チーム間の共通理解を促進し、ユーザーに真に価値を届けるプロダクトやサービス開発の成功確率を高めます。複雑な課題への挑戦や、ユーザー中心の文化を組織に浸透させるためにも、ユーザーインタビューの深化は不可欠な取り組みと言えるでしょう。継続的な実践と試行錯誤を通じて、ユーザーから学び続ける組織文化を醸成することが、変化の激しい現代において競争優位を確立するための鍵となります。