新規事業開発におけるデザイン思考:チーム間のサイロ化を乗り越える協創の設計
新規事業開発におけるチーム間のサイロ化とその課題
新規事業開発は、不確実性の高い環境下で新たな価値を創造する営みです。このプロセスには、プロダクト開発、マーケティング、営業、カスタマーサポートなど、多様な専門性を持つチームの連携が不可欠となります。しかし、組織の拡大や複雑化に伴い、チーム間での情報共有の停滞、優先順位の認識のズレ、共通理解の欠如といった「サイロ化」が発生することが少なくありません。
サイロ化は、新規事業開発に深刻な影響を及ぼします。顧客ニーズの断片的な理解、重複する作業、意思決定の遅延、そして最も重要な点として、顧客にとって真に価値のある体験の創出が困難になることが挙げられます。各チームが自身のKPIや視点に閉じて活動することで、全体最適な解を見失い、結果として事業の成功確率を低下させるリスクが高まります。
デザイン思考は、このようなチーム間の壁を乗り越え、部門横断的な協創を促進するための強力なフレームワークを提供します。ユーザー中心のアプローチ、共感に基づく課題設定、多様なアイデア発想、迅速なプロトタイピングとテストという一連のプロセスは、異なるバックグラウンドを持つチームが共通の目的に向かって協力するための共通言語と構造を提供します。この記事では、新規事業開発におけるチーム間のサイロ化を防ぎ、効果的な協創を実現するためのデザイン思考の具体的な活用方法と実践のポイントを解説します。
デザイン思考がチーム間サイロ化を解消するメカニズム
デザイン思考は、その構造と原則自体がチーム間の連携と協創を促進する要素を含んでいます。
1. 共通のユーザー理解の醸成
デザイン思考の最初のステップである「共感(Empathize)」は、顧客やユーザーの視点に深く入り込むことを促します。部門横断のチームでユーザーインタビューや観察を実施し、そのインサイトを共有することで、全ての参加者が共通のユーザー像とニーズを持つことができます。これは、各チームが自身の専門領域に閉じるのではなく、「誰のために、どのような価値を提供するか」という共通認識を持つための基盤となります。ペルソナやカスタマージャーニーマップを共同で作成・共有することは、この共通理解を深める上で非常に効果的です。
2. 課題の共同定義と共有ビジョンの確立
共感フェーズで得られたインサイトに基づき、「定義(Define)」フェーズでは、解決すべき根本的な課題を明確にします。このプロセスに多様なチームが参加することで、異なる視点から課題を捉え直し、より本質的な課題設定が可能となります。共通の課題定義は、各チームがバラバラの目標に向かって進むことを防ぎ、新規事業が目指す共通のビジョンと目的を確立する上で中心的な役割を果たします。
3. 多様なアイデアの協創的発想
「アイデア創出(Ideate)」フェーズでは、定義された課題に対して可能な限り多様な解決策を発想します。異なる部門のメンバーが参加することで、技術的、ビジネス的、ユーザー体験的など、多角的な視点からのアイデアが生まれやすくなります。ブレインストーミングやワークショップといった協創的な手法を用いることで、互いのアイデアを刺激し合い、単一部門では生まれ得ない革新的な解決策を探索できます。
4. 迅速なプロトタイピングと反復的な学び
「プロトタイプ(Prototype)」と「テスト(Test)」フェーズは、アイデアを具体的な形にし、実際のユーザーや関係者からフィードバックを得るプロセスです。この段階で、開発チームだけでなく、マーケティングや営業チームも積極的に関与することで、早期に市場の反応や顧客の受容性を確認できます。部門横断でのテスト結果の共有と分析は、次の改善サイクルへのインサイトとなり、チーム間の連携をさらに強化します。
デザイン思考を活用したサイロ化解消の具体的なアプローチ
デザイン思考の各フェーズを意識的に部門横断で実施することで、サイロ化を解消し、協創的な文化を育むことが可能です。具体的なアプローチを以下に示します。
1. 部門横断型チームの組成と共通ゴールの設定
新規事業開発プロジェクトの立ち上げ段階から、プロダクト、エンジニアリング、デザイン、マーケティング、セールスなど、関連する部門から多様なメンバーを選抜し、コアチームを組成します。このチームは、プロジェクト全体のゴールと各フェーズでの共通ゴールを明確に共有します。デザイン思考のプロセス全体を通じて、このチームが中心となって活動し、各部門との連携を推進します。
2. 共有ワークショップとセッションの定期的実施
デザイン思考の主要な活動(ユーザーインサイト共有会、課題定義ワークショップ、アイデア発想セッション、プロトタイプレビュー会など)を、部門横断型チームおよび必要に応じて他部門の関係者を巻き込んで定期的に実施します。これらのセッションは、参加者全員が同じ情報にアクセスし、対等な立場で意見交換を行うための場となります。オンラインツールを活用することで、物理的な距離がある場合でも円滑な協創を支援できます。
3. 共通の情報基盤と可視化ツールの活用
プロジェクトの進捗状況、ユーザーリサーチの結果、プロトタイプのフィードバック、意思決定プロセスなどを、全ての関係者がアクセスできる共通の情報基盤(例:共有ドキュメント、プロジェクト管理ツール、専用プラットフォーム)で一元管理します。加えて、カスタマージャーニーマップ、サービスブループリント、システム構成図などを視覚的に共有することで、複雑な情報を分かりやすく伝え、部門間の理解の齟齬を防ぎます。
4. ステークホルダーエンゲージメントの設計
新規事業開発には、開発チームだけでなく、経営層、他部門の責任者、将来のユーザー部門など、多様なステークホルダーが存在します。デザイン思考のプロセスの中で、これらのステークホルダーを適切に巻き込む戦略を設計します。例えば、共感フェーズでの共同リサーチ、プロトタイプテストへの参加、中間成果の共有会などを通じて、早い段階から関係性を構築し、理解と協力を得ることがサイロ化防止につながります。
5. 心理的安全性の高い環境づくり
部門間の壁を越えてオープンなコミュニケーションや率直なフィードバックを行うためには、チーム内に心理的安全性が確保されていることが極めて重要です。デザイン思考のワークショップでは、批判をせず、多様な意見を歓迎するルールを設定するなど、心理的安全性を高めるためのファシリテーションが求められます。失敗から学び、その学びを素直に共有できる文化は、部門間の信頼関係を築く上で不可欠です。
実践上の課題と克服のポイント
デザイン思考を用いたサイロ化解消の取り組みも、常に順調に進むわけではありません。いくつかの課題に直面する可能性があります。
- 時間とリソースの制約: 日常業務に加えて部門横断の活動を行うための時間やリソースの確保が難しい場合があります。経営層にデザイン思考の価値と長期的な事業への貢献を理解してもらい、適切なリソース配分を承認してもらうことが重要です。
- 異なる文化や「言語」: 部門ごとに異なる専門用語や考え方の習慣があるため、コミュニケーションに障壁が生じることがあります。意図的に共通認識を形成するための時間を設けたり、ファシリテーターが異なる視点を橋渡しする役割を担ったりする工夫が必要です。
- 成果測定の難しさ: チーム間の連携改善やサイロ化解消といった効果を直接的に定量化することは容易ではありません。しかし、デザイン思考のプロセスを通じて得られる成果(例:ユーザーインサイトの質向上、アイデアの多様性、プロトタイピングサイクルの短縮、関係者間のコンフリクト減少など)を定性・定量的に測定し、共有することで、取り組みの価値を示すことが可能です。
これらの課題に対し、デザイン思考の反復的な考え方と同様に、取り組み自体も継続的に見直し、改善していく姿勢が求められます。小さな成功体験を積み重ね、組織全体に良い影響を波及させていくことが重要です。
結論
新規事業開発におけるチーム間のサイロ化は、顧客価値創造と事業成功を阻害する深刻な課題です。デザイン思考は、ユーザー中心のアプローチと協創を重視するその性質により、このサイロ化を乗り越えるための有効なフレームワークとなります。
共通のユーザー理解、共同での課題定義、多様な視点からのアイデア発想、そして部門横断でのプロトタイピングとテストを通じて、デザイン思考はチーム間に共通の目的意識と協働の機会を生み出します。部門横断型チームの組成、定期的な共有ワークショップ、共通の情報基盤の活用、ステークホルダーエンゲージメントの設計、そして心理的安全性の高い環境づくりは、デザイン思考を実践する上でサイロ化解消に貢献する具体的なアプローチです。
デザイン思考は、単なるプロセスやツールの集合体ではありません。それは、組織内の人々が協力し、互いの専門性を尊重し、共にユーザーのために価値を創造するという文化への変革を促す可能性を秘めています。新規事業開発を成功に導くためには、デザイン思考を積極的に活用し、チーム間の壁を取り払い、真の意味での協創を実現していくことが不可欠であると考えられます。