新規サービス開発におけるデザイン思考とデザインシステムの連携:ユーザー体験価値の最大化と開発効率向上
新規サービス開発におけるデザイン思考とデザインシステムの連携の重要性
新規サービスの開発は、不確実性の高い環境下でユーザーの潜在的なニーズを発見し、革新的な解決策を生み出すプロセスです。この初期段階において、デザイン思考は共感、定義、発想、プロトタイプ、テストというフェーズを通じて、ユーザー中心のアプローチを推進し、アイデアの検証と磨き上げに不可欠な役割を果たします。
一方で、サービスの規模が拡大し、開発チームが増加するにつれて、デザインと開発における一貫性の維持、再利用可能なコンポーネントの整備、そして開発効率の向上が重要な課題となります。ここでデザインシステムがその真価を発揮します。デザインシステムは、再利用可能なUIコンポーネント、デザイン原則、ガイドラインなどを集約したものであり、サービスの品質と一貫性を保ちながら、開発速度を向上させるための基盤を提供します。
デザイン思考による「革新性」の追求と、デザインシステムによる「一貫性・効率性」の追求は、一見すると相反するように見えるかもしれません。しかし、新規サービス開発においてユーザー体験価値を最大化し、持続可能な成長を実現するためには、これら二つを効果的に連携させることが極めて重要です。本記事では、デザイン思考の各フェーズにおけるデザインシステムの活用、デザインシステム開発へのデザイン思考の応用、そして両者の連携を円滑に進めるための実践的なアプローチについて考察します。
デザイン思考のフェーズにおけるデザインシステムの活用
デザインシステムは、デザイン思考の各フェーズにおいて強力なツールとして機能します。
共感・定義フェーズにおける洞察源としての活用
共感フェーズにおいてユーザーの現状や課題を深く理解する際、既存のデザインシステムが提供するインターフェースやインタラクションパターンが、ユーザーの行動やメンタルモデルにどのように影響しているかを分析することは有益です。デザインシステムは、サービスの現在のユーザー体験の「骨格」を理解するための重要な情報源となります。また、ユーザーが既存のシステム(それが自社のものか他社のものかに関わらず)に対して抱えるフラストレーションや、デザインシステムの一貫性の欠如が引き起こす混乱は、新たな機会領域や解決すべき課題を定義する上での貴重なインサイトとなり得ます。
発想・プロトタイプフェーズにおける迅速化と現実性向上
発想フェーズで生まれたアイデアを具現化するプロトタイプ作成において、デザインシステムは特に強力な支援を提供します。デザインシステムのコンポーネントやパターンを再利用することで、アイデアを迅速に、かつサービス全体のデザイン言語に沿った形でプロトタイピングすることが可能になります。これにより、UIデザインの詳細に時間をかけることなく、アイデアのコアとなるインタラクションやユーザーフローの検証に集中できます。
また、デザインシステムに基づいたプロトタイプは、ユーザーテストにおいてより現実的な体験を提供しやすいため、質の高いフィードバックを得やすくなります。ただし、デザインシステムに存在しない全く新しいインタラクションやコンポーネントが必要なアイデアを検証する際には、既存のシステムに囚われすぎない柔軟なアプローチも必要です。このような「逸脱」から生まれた新しいパターンは、将来的にデザインシステムに取り込むべき候補となる可能性があります。
テスト・検証フェーズにおける評価基準とフィードバックループ
プロトタイプのユーザーテストや検証フェーズでは、デザインシステムが提供する一貫性やアクセシビリティの基準が、評価の重要な観点となります。デザインシステムに準拠しているかどうかが、ユーザー体験の質の一定レベルを保証することにつながります。
テストの結果得られたユーザーのフィードバックは、単に現在のプロトタイプに対する示唆に留まらず、デザインシステム自体の改善や進化に向けた貴重なインサイトとなり得ます。特定のコンポーネントがユーザーの期待通りに機能しない、あるいは新しいインタラクションパターンがより良いユーザー体験をもたらすことが判明した場合、これらの学びをデザインシステムにフィードバックし、更新を検討するプロセスが重要になります。
デザインシステム開発へのデザイン思考の応用
デザインシステムは、単なるUIコンポーネントのライブラリではなく、サービス全体のデザインと開発を効率化し、ユーザー体験の質を向上させるための「プロダクト」として捉えることができます。この観点から、デザインシステム自体の開発や改善プロセスにデザイン思考を適用することは非常に有効です。
デザインシステムの「利用者」は、主に社内のデザイナーやエンジニア、プロダクトマネージャーなどです。これらの利用者を対象にデザイン思考を実践することで、彼らのニーズ、課題、ワークフローを深く理解し、真に役立つデザインシステムを構築・運用することが可能になります。
デザインシステム開発におけるデザイン思考プロセスの実践
- 共感: デザインシステムを利用するデザイナーやエンジニアへのインタビューやシャドウイングを通じて、彼らがデザインや開発プロセスで直面する課題(例:一貫性の維持の難しさ、コンポーネント探しの非効率性、技術的な制約など)を理解します。
- 定義: 収集した情報から、解決すべき具体的な課題(例:「共通のUIパターンを迅速に発見・利用できない」「ブランドガイドラインの適用に迷う」など)や、デザインシステムが達成すべき目標(例:「開発リードタイムの〇%短縮」「デザインの一貫性スコア〇%向上」など)を明確に定義します。
- 発想: 定義された課題や目標に対し、どのようなコンポーネント、ドキュメント、ツール、ガバナンス体制が有効かを発想します。既存のデザインシステムの改善点や、新規開発に必要な要素などを検討します。
- プロトタイプ: 発想したアイデアに基づき、新しいコンポーネントの仕様、ドキュメントの構造、利用ガイドラインなどをプロトタイプとして作成します。これは必ずしもコードである必要はなく、ドキュメントやデザインツール上の構成なども含まれます。
- テスト: 作成したプロトタイプ(デザインシステムの一部や、その利用方法の提案など)を、実際の利用者(デザイナー、エンジニア)に評価してもらいます。使いやすさ、分かりやすさ、実際のワークフローへの適合性などをテストし、フィードバックを収集します。
このプロセスを繰り返すことで、デザインシステムは利用者のニーズに応じた、より実用的で効果的なものへと進化していきます。
連携を円滑に進めるための実践的アプローチ
デザイン思考チームとデザインシステムチーム(または担当者)が効果的に連携するためには、いくつかの実践的なアプローチが考えられます。
- 定期的な情報共有と合同ワークショップ: デザイン思考の探索プロセスで得られたユーザーインサイトや、プロトタイプ検証で発見された新しいパターン、そしてデザインシステム側でのアップデート情報などを定期的に共有する場を設けます。合同ワークショップを実施し、両チームが共通の理解を持ち、互いの視点を取り入れた議論を行うことも有効です。
- フィードバックチャネルの確立: 新規サービス開発チームからデザインシステムチームへのフィードバックを容易に行える仕組みを作ります。新しいコンポーネントの要望、既存コンポーネントの改善提案、ドキュメントの不明点などをスムーズに伝えられるチャネル(例:専用のスラックチャンネル、イシュートラッカー、定期的なミーティング)を設けます。
- 貢献モデルの定義: 新規サービス開発チームが発見した新しいパターンや開発したコンポーネントを、デザインシステムに「貢献」するためのプロセスを明確にします。どのような基準で、どのような手順を経て、新しい要素がデザインシステムに取り込まれるのかを定義することで、貢献へのハードルを下げ、システムのスケーラビリティを高めます。
- 共通の目標設定: ユーザー体験価値の向上、開発効率の向上、ブランドの一貫性維持など、デザイン思考とデザインシステムが共通して貢献できる目標を設定し、両チームがその達成に向けて協力する意識を醸成します。
- 実験と標準化のバランス: 新規性の高いアイデアを検証する際には、必ずしも最初からデザインシステムの厳格なルールに完全に準拠する必要はないという柔軟性を持つことが重要です。実験的なプロトタイピングから生まれた有効なパターンを、その後のプロセスでデザインシステムに取り込むことを検討する、という段階的なアプローチをとります。
効果測定による価値の可視化
デザイン思考とデザインシステムの連携の効果を測定し、関係者にその価値を示すことも重要です。
- ユーザー体験に関する指標: ユーザーテストにおけるタスク完了率、満足度、エラー率など、デザインシステムによって実現される一貫性や使いやすさがユーザー体験にどう貢献しているかを測定します。
- 開発効率に関する指標: デザインシステム導入後のコンポーネントの再利用率、新規機能開発にかかるリードタイム、デザインから実装への連携にかかる時間などを測定し、効率化の効果を定量的に把握します。
- イノベーションに関する指標: デザイン思考のプロセスを通じて生まれた新しいアイデアの数や、実際にサービスに導入されユーザーに価値を提供している革新的な機能の数などを追跡し、デザインシステムがプロトタイピングのスピードアップやイノベーションの実現にどう貢献しているかを評価します。
これらの指標を通じて、両者の連携が新規サービス開発の成功にどのように寄与しているかを具体的に示し、組織全体での理解と支援を促進することが可能になります。
結論
新規サービス開発において、デザイン思考とデザインシステムはそれぞれ異なる、しかし補完的な価値を提供します。デザイン思考は未知の領域を探索し、ユーザー中心の革新を生み出すエンジンであり、デザインシステムはその革新を一貫性高く、効率的に、そしてスケーラブルに実現するための基盤です。
デザイン思考の各フェーズでデザインシステムを効果的に活用し、またデザインシステム自体をデザイン思考を用いて改善していくことで、新規サービス開発はよりユーザー中心かつ効率的なものになります。両者の連携を円滑に進めるためには、チーム間の密なコミュニケーション、明確なプロセス、そして共通の目標設定が不可欠です。
デザイン思考とデザインシステムの連携は、単に開発プロセスを効率化するだけでなく、ユーザー体験価値を最大化し、変化に強く、持続的に成長するサービスを生み出すための鍵となります。組織としてこの連携の重要性を認識し、実践的なアプローチを通じて推進していくことが、新規サービス開発の成功確率を高めることにつながります。