新規サービス開発を加速するデザイン思考とサービスデザインの連携:複雑な顧客体験と提供システムの統合設計
新規サービス開発におけるデザイン思考とサービスデザイン連携の重要性
新規事業開発において、プロダクトやサービスはますます複雑化しています。単一の機能やインターフェースの設計に留まらず、顧客がサービスと接する様々なタッチポイント(オンライン、オフライン、物理的、デジタルなど)全体、そしてその背後にある組織構造、プロセス、技術、パートナーシップといった提供システム全体をデザインすることが不可欠となっています。このような状況下で、ユーザー中心の考え方を核とするデザイン思考と、サービス全体のエクスペリエンス設計に焦点を当てるサービスデザインの連携が、新規サービス開発を成功に導く鍵となります。
本記事では、デザイン思考とサービスデザインそれぞれの特徴を再確認し、両者を連携させることで、新規サービス開発における複雑な顧客体験と提供システムをどのように統合的に設計できるのか、実践的な視点から解説します。読者が自身の事業開発やプロダクト開発において、これらのアプローチを効果的に活用するための示唆を提供します。
デザイン思考とサービスデザイン:それぞれのスコープと相補性
デザイン思考は、複雑な問題に対して創造的かつ人間中心のアプローチで解決策を見出すフレームワークです。共感(Empathize)、定義(Define)、創造(Ideate)、プロトタイプ(Prototype)、テスト(Test)の5つのフェーズを繰り返し行うことで、ユーザーの隠れたニーズや課題を深く理解し、革新的なアイデアを生み出し、実現可能性を検証します。その対象はプロダクト、サービス、プロセス、戦略など多岐にわたります。
一方、サービスデザインは、サービス全体のエンドツーエンドの顧客体験を設計することに特化した分野です。顧客がサービスを利用する際のすべてのタッチポイント、そしてそれを支える組織のフロントステージ(顧客との接点)とバックステージ(内部のプロセスやシステム)を包括的にデザインします。サービスデザインは、デザイン思考の手法やツールを多く活用しますが、そのスコープは「サービス」という形のない提供物と、それを構成する複雑なシステム全体に明確に焦点を当てています。
両者はユーザー中心という共通の哲学を持ちますが、サービスデザインはデザイン思考の原則やツールを、特にサービスという文脈における顧客体験と提供システムの全体最適化に応用するものと捉えることができます。デザイン思考が「何を創るか」を探求する上で強力なフレームワークであるならば、サービスデザインは「どのように顧客に提供し、その体験を支えるシステムを構築するか」を具体的に設計するための専門性を加えるものです。
なぜ新規サービス開発で両者の連携が不可欠か
現代のサービスは、単一のチャネルや接点だけで完結することは稀です。顧客はスマートフォンのアプリ、ウェブサイト、実店舗、コールセンター、さらにはパートナー企業のサービスなど、多様なタッチポイントを通じてサービスと関わります。それぞれのタッチポイントでの体験が一貫しており、かつ全体としてスムーズで価値あるものであることが求められます。
また、サービスはフロントステージの顧客体験だけでなく、それを可能にするバックステージのオペレーション、技術基盤、組織構造、そして複数の関係者(従業員、パートナー、サプライヤーなど)の連携によって成り立っています。新規サービスを成功させるためには、この複雑な「提供システム」全体をユーザー体験の視点から設計し、最適化する必要があります。
デザイン思考は、初期の共感フェーズで真のユーザー課題を特定し、創造フェーズで幅広いアイデアを生み出す力に優れています。しかし、そのアイデアをサービスとして実現し、顧客が体験するジャーニー全体、そしてそれを支えるバックステージのシステムまで具体的に落とし込み、関係者間の連携を設計する際には、サービスデザインの専門知識やツールが不可欠となります。両者を連携させることで、ユーザーニーズに基づいた革新的なアイデアを、提供可能な統合されたサービスとして具体化し、継続的な価値提供を実現することが可能になります。
デザイン思考とサービスデザインの連携による実践的アプローチ
新規サービス開発の各フェーズにおいて、デザイン思考とサービスデザインのアプローチを統合的に活用することが推奨されます。
1. 探索・理解フェーズ:真のニーズとシステム課題の発見
- デザイン思考: 共感フェーズを通じて、ターゲットユーザーの生活や仕事における課題、ニーズ、文脈を深く理解します。ユーザーインタビュー、観察、エスノグラフィーリサーチなどが中心となります。
- サービスデザイン: サービスを利用するユーザーだけでなく、サービス提供に関わる内部関係者(従業員など)の体験や課題も理解します。カスタマージャーニーマップやサービスブループリントの初期バージョンを作成し、既存のサービス体験や提供システムにおけるボトルネック、非効率性、関係者間の連携課題を可視化します。
- 連携のポイント: デザイン思考で得られたユーザーインサイトを、サービスデザインの手法を用いてジャーニーやシステム図に落とし込み、課題の全体像をより明確に捉えます。ユーザーだけでなく、提供側の視点も同時に理解することで、実現性の高い解決策の方向性が見えてきます。
2. 構想・定義フェーズ:サービスコンセプトと全体構造の設計
- デザイン思考: 定義フェーズで解決すべき真の課題を特定し、創造フェーズでブレインストーミングなどを通じて多様なアイデアを生成します。
- サービスデザイン: 定義された課題に対し、サービスコンセプトを具体化し、サービスジャーニー全体とそれを支えるフロント・バックステージの大まかな構造を設計します。サービスエコシステムマップを作成し、関与する主要な関係者とその相互作用を整理することもあります。
- 連携のポイント: デザイン思考で生まれたアイデアを、サービスデザインの視点からサービスコンセプトやジャーニーに具体的にマッピングします。アイデアが顧客体験全体にどう影響するか、そしてどのような提供システムが必要になるかを初期段階で検討することで、アイデアの実現可能性とサービスとしての全体像を同時に評価できます。
3. 実現・プロトタイピングフェーズ:体験とシステムの具体化
- デザイン思考: プロトタイプフェーズで、アイデアを具現化し、ユーザーからのフィードバックを得られる形にします。これはUIのモックアップ、ストーリーボード、ロールプレイングなど様々です。
- サービスデザイン: プロトタイピングの対象を、個別のタッチポイントだけでなく、サービスジャーニー全体、さらにはバックステージのプロセスや従業員の役割なども含めて行います。サービスブループリントを詳細化し、特定のシナリオにおける顧客と提供システム間のインタラクションをシミュレーション(サービスプロトタイピング)することもあります。
- 連携のポイント: デザイン思考によるフロントエンドの体験プロトタイピングと並行して、サービスデザインの手法を用いてバックエンドを含むシステム全体のプロトタイピング(思考実験、ロールプレイ、簡易的なシステム構築など)を行います。これにより、デザインされた顧客体験が提供システムによって本当に実現可能なのか、あるいはシステム側にどのような課題があるのかを早期に発見できます。
4. テスト・展開フェーズ:検証と改善、そしてスケールへ
- デザイン思考: テストフェーズでプロトタイプをユーザーに体験してもらい、フィードバックを収集し、アイデアを洗練させます。
- サービスデザイン: サービス全体として意図した顧客体験が提供されているか、提供システムは効率的かつ持続可能か、関係者(従業員など)はサービスを適切に提供できているかなどを検証します。テストはユーザーへのインタビューだけでなく、現場でのシャドーイングやパイロット実施など多岐にわたります。
- 連携のポイント: デザイン思考によるユーザー体験の検証と、サービスデザインによる提供システム全体の検証を並行して行います。ユーザーテストで発見された課題が、フロントエンドのUI/UXの問題なのか、バックエンドのプロセスやシステムの問題なのかを切り分け、統合的な視点から改善策を検討します。継続的なフィードバックループを構築し、サービスを洗練させながらスケールアップを目指します。
連携における課題と克服策
デザイン思考とサービスデザインの連携を実践する上では、いくつかの課題に直面する可能性があります。
- スコープの管理: デザイン思考は比較的短いサイクルでの検証に向いている一方、サービスデザインはサービス全体という広範なスコープを扱います。どこまでをデザイン対象とするか、どのレベルで詳細を詰めるか、適切なスコープ設定と優先順位付けが重要です。
- 部門間の連携: サービスデザインは、開発、オペレーション、マーケティング、人事など、組織内の様々な部門との連携を必要とします。サイロ化された組織構造は連携の大きな障壁となります。部門横断的なチーム編成や、サービスブループリントのような共通言語となるツール活用が有効です。
- バックステージの可視化と理解: 特にプロダクト開発部門のマネージャーにとっては、バックステージのシステムやオペレーションに関する知見が不足している場合があります。デザインチームだけでなく、関連部門の専門家を巻き込み、バックステージを可視化・理解するワークショップなどを実施することが重要です。
- 文化的な違い: デザイン思考とサービスデザイン、そして各部門(開発、事業、オペレーションなど)の間には、考え方や価値観に違いがある場合があります。共通の目的意識を持ち、互いの専門性を尊重する文化を醸成する必要があります。
これらの課題を克服するためには、リーダーシップによる明確なビジョンの提示、部門横断チームへの権限委譲、サービスデザインツールを活用した組織内コミュニケーションの促進、そしてデザイン思考とサービスデザインの実践に関する継続的な学習機会の提供などが有効な手段となります。
結論
新規サービス開発において、ユーザーが期待する複雑な体験を実現し、それを効率的かつ持続可能な提供システムで支えるためには、デザイン思考とサービスデザインの統合的なアプローチが不可欠です。デザイン思考でユーザーの真の課題と向き合い、革新的なアイデアを生み出す力を活用しつつ、サービスデザインの手法を用いて顧客体験全体と提供システムを詳細に設計・検証することで、より質の高いサービスを創出できます。
この連携を成功させるためには、単に手法を導入するだけでなく、組織内の壁を越えた連携、バックステージを含めたシステム全体への視点、そして継続的な学習と改善の姿勢が求められます。本記事で紹介した実践的アプローチや連携における課題、克服策が、読者の皆様の新規サービス開発における挑戦の助けとなれば幸いです。複雑化するビジネス環境の中で、デザイン思考とサービスデザインの力を最大限に引き出し、真に価値あるサービスを創出してください。